アーティスト酷評・その1
手始めに、巷に蔓延る音楽について二言三言述べさせてもらいましょうか。
HIDE(1998.5.2), L'Arc en Ciel(1998.5.2), SHAZNA(1998.5.2), トーコ(1998.5.3), 反町隆史(1998.5.4), Cascade(1998.5.8), DA PAMP(1998.5.8), Tube(1998.5.8), 知念里奈(1998.5.8), Luna Sea(1998.5.10), RAZZ MA TAZZ(1998.5.12)
HIDE(1998.5.2)
今日(1998.5.2)午後2時過ぎ、やっと起床し冷めたスパゲティーを食べながらお馬鹿なテレビ番組を見ていたらニュース速報で「元X-Japanのギタリスト何とかさんが自殺した」だとさ。先日独立後2枚目のシングルが云々という話を聞いたばかりだったから吃驚したな。何があったか知ったこっちゃないけど、いつものようにワイドショーがあることないことさも楽しそうにギャーギャー騒ぎ立てるだろうし、そういうのが大好きで直ぐ鵜呑みにするような連中は沢山いるので連休明けに誰かに尋ねれば大体事件の概要は知ることが出来そうだ。4月6日にドラマーのCozy Powelが事故死したということを知ったときに比べれば大した衝撃ではない。「Rocket Dive」は知能指数の低い脳天気ロックで結構好きだったのだが。
皮肉にも今日深夜NHKでX-Japanの解散に関するドキュメントの再放送が放映されていた。Hideのインタビューには「これは何月何日に放送したものです」という注意書きが表示されていた。ご冥福を祈っておくのが礼儀というもの。
L'Arc en Ciel(1998.5.2)
構成員がぱくられて活動を休止していたらしいラルクが最近盛り上がりを見せている。最新のシングル2曲「Winter Fall」「Dive to blue」を聴くと「古くさいなぁ」としみじみ思う。前者の、楽節の合間に顔を出す吹奏楽と後ろのほうで白玉演奏の弦楽は80年代の歌謡曲もしくは演歌を彷彿させるし、後者の終結部に現れる「うんぱぱ、うっぱ」はギャグの世界。恥ずかしくて自分の曲には使えないリズム。チャゲアスの昔の曲(演歌かぶれが終わった辺り)に「うんぱぱ、うっぱ」が大真面目に使われていたのを聴いて友達と大爆笑した日を思い出す。ラルクの場合は公演で盛り上げるための演出だろうがどうしても苦笑してしまう。ちなみにVoの男は「面白いSteve Stevens」みたいで良い。
SHAZNA(1998.5.2)
「Melty Love」があれだけ売れたのは世界の七不思議に匹敵する謎。当時死ぬほどラジオで流れていたが何回聞いても楽曲の質と売上が釣り合わない。A,Bメロなど手抜き以外の何者でもないし、サビも思った以上に迫力がない。人は外見じゃない中身だなんて人は口々に言うけど、やっぱり人は見かけということらしい。私は心の綺麗な人が好きなんて言って好きな音楽はSAZUNAと言う奴がいるから人間不信に陥っても仕方ない。
以降の楽曲はIZAM君の狂気の世界を前面に押し出した内容で、もはやロックのかけらもない。最新シングルも目も当てられない痴態。あんな態度で「僕はオンナしか愛せませんから」なんて台詞をはかれても「またまたご冗談がお上手なんだからぁ」的に全く説得力がない。
前置きはこれくらいにしてVo.のIZAM君のお話。巨躯オカマこと彼の異常な容姿がなければこのバンドがここまで人気を博すことはまずあり得なかっただろうから彼について言及するのは自然なこと。
あの化粧派凄い。彼は昔から化粧が好きだったようで、幼いときに決定的な精神的外傷を負っていなければ説明できない程だ。是非精神分析医に診断してもらいたい。きっととんでもない「じぎゃぐ」体験がわんさか溢れて来るんだろう。普通なら今直ぐにでも補導されて病院に送られてもおかしくないが、幸い彼の場合ミュージシャンという肩書きのおかげで逆に「個性」になって金儲けできたのだから、自分の欠点を利用して成り上がったという意味では偉い人なのだ。実際問題としては「化粧でもしないと、とても舞台に上がれない類の容姿」という事実が要因なのだろうけれども。
先日、吉川ひなの云々という話を小耳に挟んだ。おかまと泥人形。傑作だ。
トーコ(1998.5.3)
「Bad Luck on Love」「Loopな気持ち」ともに日向大介の手による楽曲で、佳曲だと思う。良い旋律とは順次進行・跳躍、上行・下行がバランスよく配置されている旋律である。そんな観点から見ると上記二曲はやや技巧的ではあるけれども平均を遥かに凌駕する水準である。俺にとって「買い」ではないけれどもう少し評価されても良いような気がする(特に2nd)。
日向大介参考作品:「グルーヴ・レイディオ」(東芝EMI・TOCP-50041)、「ロング・バケーション オリジナル・サウンドトラック」(東芝EMI・TOCT-9454)
反町隆史(1998.5.4)
この人、歌は駄目だね。かなり音程が怪しい。人間完璧じゃないほうが親近感が持てると言うからその辺りを意識して歌わせているのだろう。
1stの「Forever」の時、冷静な人は「Richie Samboraって誰だー」と突っ込んで、信者は気にも留めなかったであろうリッチッチー、実は結構有名人らしい。なんたって、かのボン・ジョヴィのギタリスト。彼のソロ第一弾作品「Stranger in this town」ではトニー・レヴィンやエリック・クラプトンもこの若僧のために一肌脱いでいる。でもリッチー(ブラックモアではない)の名を記載してもしなくても宣伝効果はない思うのだが。「織田祐二withマキシ・プリースト」も同様の事が言えた。
当の反町本人は自ら作詞をしており、救いようのない駄目な歌を大真面目に歌っているから下手なギャグ漫画(「たけし!」など)よりは笑えた。2ndも然り。
Cascade(1998.5.8)
昔、テレビの素人バンドを紹介する番組で妙な声を発散していた記憶がある。音は古くさくアンサンブルもしょぼい。現段階での最新シングル「SOS ロマンティク」はそこそこ笑える類のジョーク。その昔の今田が歌うテイ・トウワ製作による企画盤のように明らかな受け狙いではなく、Cascadeのほうは真面目にやっているから更に滑稽である。このような音楽を実践する人たちを以降「天然ボケ」と呼ぶことにする。
DA PAMP(1998.5.8)
M.C.A.Tそのままの世界。相変わらず情報量ゼロの歌を妙な振り付けで大袈裟に熱唱している。あえてここに取り上げることもないか。John Myung似の男がいるので許す。
Tube(1998.5.8)
彼らがいつまでも第一線で活躍しているのが不思議でならない。夏小太り前田の声が俺の全身に拒絶反応を引き起こす。
最新作「−熱情−」のCMで垣間みるクリップは縦笛舐めの女子版。歪んだ愛情を描いた問題作。少なくても「熱情」的な内容には感じられない。あの後危険なストーキング活動が繰り広げられるのだろうけど、興味はない。
知念里奈(1998.5.8)
容姿に関しては持田鈴木(蘭)ともさか上原等と共に賛否両論。俺は肯定。いいと思うんだけれどなぁ。「Pinch」のダンスは見ると癖になる(踊りたくなるという意味ではない)
「Wing」はいよいよ本腰を入れたなとあからさまに分かる力作。サビ前後のメロディがいかにも力入れましたで小気味よい。少し彼女にはもったいない気もするが。歌声は高音の歌向きではないようだ。この曲も決して心地よいとは言えない。
Luna Sea(1998.5.10)
「Mother」を偶然耳にして、なかなか面白い連中がいるものだと思ったが次の「Desire」を聴き失望して以来評価の低いバンド。
最近まで仲違いして分裂し各々ソロ活動をしていた様子。これはバンドを因数分解したように、誰がどんな役割を担っていたかが窺えた。河村隆一の曲は完全に商業路線で、Luna Seaの音楽的な水準を下げる諸悪の根元であることが判明。Glassはともかく、以降2曲続けざまに「あれ」を使う人は初めて見た。作曲家としての器の狭さも露呈してしまった。他方INORANの「想」Jの「Burn Out」SUGIZOの「A Prayer」は興味深い作品。知名度があったからこそ売れる類の楽曲。新人があんな事をしても見向きもされないだろう。真矢については言わぬが花知らぬが仏。彼は叩き屋なので作詞作曲編曲全て外部者まかせだし。「落下する太陽」もLuna Seaとは全然関係のない楽曲。例えばFish and Tipsあたりが発売しても糞扱いだろう。また、彼と椎名へきるとのデュエットは「美女とお岩」で気色悪かった。
新作「Storm」は隆一主導の当たり障りのない商業路線。Luna Seaは、金を稼ぐためには隆一の軽薄な曲が必要で、音楽的に成長するためには隆一を抹殺しなければならないというジレンマを常に抱えたバンドである。
RAZZ MA TAZZ(1998.5.12)
聞けば分かるが、彼らの旋律のシンコペーションは態とらしく気分が悪い。間違っても心地よい類のそれではない。技巧的に幼稚な旋律を無理矢理半拍すらしてその事実を隠蔽したいのは分かるが好感は持てない。
邦楽編